徳川幕府(とくがわばくふ)
とは、1600年の天下分け目の大きな戦である「関ヶ原の戦い」で勝利を納めた東軍大将の徳川家康(とくがわいえやす)が、開いた江戸幕府こと。そして政治制度を基本とするために領地をいくつかの藩に分割して封建的(ほうけんてき)に支配する幕藩体制を築いた。
その後の
徳川幕府はキリスト教の布教を禁止するため
鎖国制度(さこくせいど)を確立していく。しかし
鎖国とはいえ全く外国と関わらないという訳ではなくキリスト教を布教させないことを主張するオランダと中国とは長崎の出島(でじま)以外の貿易は認めないという方針を定めた。
徳川幕府が約200年の間、
鎖国体制をとっている間に世界の情勢は変わっていき、イギリスで起きた「産業革命」の波は世界に広がっていくが
鎖国をしていた日本は世界から遅れをとることになる。
そして、1842年に大国である中国(清)がイギリスに大敗した「アヘン戦争」は
徳川幕府に大きな衝撃を与えた。それから約10年後に黒船に乗った
ペリーが日本へ来航をきっかけに、江戸時代の終わりへと時代が流れていった。
徳川将軍の継承は、第1代将軍の徳川家康から第15代将軍の
徳川慶喜の代で最後となった。